カテゴリー: 地車 / 2017年地車
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だんじりin大阪城 3(全町紹介2)
作成日時: 2017/12/18 (月) AM 11:36
最終更新: 2018/1/14 (日) PM 4:54
最終更新: 2018/1/14 (日) PM 4:54
城東区 中浜
当初(5年前)より参加してます。また4日も参加しています
太陽の広場にて
ここらへんの地車は鉦が2つあります
10:37撮影(広場出口付近、午前巡行出発)
[中浜町紹介]
昭和26年制作。平成15年に大改修を行い今に至る。見送りに太平記、土呂幕に源平を彫り込んだだんじりです。
[地車詳細]
昭和26(1951)年制作の大阪型地車
大工は 大音 飯田松太郎、彫師は松田正幸
平成16(2004)に大下工務店にて大改修
東大阪市 岸田堂
2013年より参加してます。また4日も参加しています
太陽の広場にて
後ろの彫物すごいですね
10:39撮影(広場出口付近、午前巡行出発)
[岸田堂紹介]
平成3年に新調した地車で29年7月に大改修をし、獅噛み3体は富山県井波の川原和夫師正士親子の作で、三枚板には、大阪夏の陣冬の陣 蒲生の戦い 岸田堂の戦いが彫刻されている
[地車詳細]
平成3(1991)年6月2日新調入魂。折衷型地車
大工は大下工務店作
平成29年(2017)7月9日改修入魂。
長さ4m、幅2.45m、高さ3.65m、重さ3.5t
初代は明治初期にはあったが売却される。
二代目は大正元年に神戸市兵庫区新在家より購入したが、大きすぎるので大正4、5年に神戸に買い戻し。
三代目は大正8年頃に堺型の地車を和泉市方面より購入、大正13年に生野区林寺に売却(その後処分)
四代目(先代)は昭和4年に生野区鶴橋岡村より購入。尼崎市西桜木へ売却
城東区 鴫野中之町
当初(5年前)より参加してます。また4日も参加しています
太陽の広場にて
幕式ですね
10:39撮影(広場出口付近、午前巡行出発)
[鴫野中之町紹介]
中之町檀尻は大工田中金蔵、彫刻は富山県井波の田村与八郎事番匠屋に依り昭和二十七年七月竣工し、現在に至ります
[地車詳細]
昭和28(1953)制作の大阪型地車。
大工は地元の田中金蔵、彫師は川原一門
平成18(2006)年に大下工務店にて修復。泥幕に彫物を追加
先代は戦災で焼失
生野区 中川
2013年より参加してます。また4日も参加しています
太陽の広場にて
10:41撮影(広場出口付近、午前巡行出発)
[中川紹介]
三枚板彫刻は四層の彫物を重ね、立体感のある美しい仕上がり。後方はまるで歴史絵巻の様に古き合戦の迫力を今に伝える。
[地車詳細]
平成21年7月5日新調入魂
(新調当時の彫物は全新調なので改修ではなく新調)
昭和26(1951)年11月制作。
大工は伊川重松、彫師は松田正幸・金光南陽(三枚板・角障子・内虹梁)。
平成10年に大下工務店にて修復し三枚板と角障子、他一部以外の彫物の多くを新調
初代は明治29年7月31日に住吉大佐により325円で売却されたが、昭和20年6月15日の戦災で焼失
二代目以降は現在と同じ地車
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1.
今回登場の地車は後ろ側の彫物のボリュームがすごいやつが多いけど、これも北部の地車に多い特徴なん?投稿者:かーくん 投稿日時:2017/12/18 (月) PM 12:04 <<返信